第 25 章 機械のデバッグ¶
Part VI「機械のワークフロー」の最終章。電気側の 第 9 章「電気のデバッグ」 と対応する、機械側の不具合の切り分け方 を扱います。
組み上がったロボットが期待通りに動かないとき、原因は電気・機械・ソフトウェアのどこにでもあります。まず電気と機械を切り分ける のがデバッグの第一歩です。
デバッグ中に起こりがちな 2 次被害
- 振動している部品を手で押さえ込もうとして、指を挟む
- 回転中の部品に指を近づけて、髪や服が巻き込まれる
- 異音の発生源を耳で探ろうとして、顔を近づけすぎる(破片が飛んでくる可能性)
- 熱くなったモータを素手で触って火傷
- 電源を入れたままハードを触っていて、誤ってコントロール入力に触れモータが突然動き出す(車輪に指が挟まれる、サーボアームで顔を叩かれる、ロボットが机から落ちる 等)
最短デバッグ手順(まずこの 4 ステップ)
- 電源を切って、外観(緩み・断線・干渉)を 1 分で確認する
- モータ単体 → 車輪付き → 車軸込みの順で分離テストする
- 修正は 1 回に 1 箇所だけ行い、同条件で再テストする
- 症状・仮説・結果をメモし、再発条件を残す
1. 機械デバッグの大前提¶
1.1 基本サイクル¶
- 電源を切る — 触って調査する前に必ず切る。ロボットは 動く機械 なので、通電中に触ると 誤ってコントロール入力を変化させてモータが回り出す 危険がある。「見るだけ」「触るだけ」であっても、手を伸ばす前に電源スイッチを切る習慣を付ける
- 観察 — 目・耳・鼻・手のひらで症状を把握
- 仮説 — 「ここが原因かも」の候補を 2〜3 個
- 分離テスト — 機械的に部品を外して絞り込む
- 修正 — 1 箇所だけ直す
- 再テスト — 第 24 章の組立中チェックから進む
これは電気のデバッグとほぼ同じ構造です。違うのは 分離テストが物理的に面倒 な点(ねじを外す手間、再組立の手間)。
1.2 まず「電気 vs 機械」を切り分ける¶
症状を見た瞬間に「機械か電気か」を仮判別します:
| 症状 | 最初に疑うべき |
|---|---|
| モータが全く回らない | 電気(ドライバ、配線、電源) |
| モータは「ウーン」と唸るが動かない | 機械(拘束、過負荷、噛み合わせ)。唸る状態は ストール電流(= モータが回らない状態で流れる最大電流、定常時の 5〜10 倍)が流れ続ける危険な状態。数十秒でモータコイル焼損につながるので 即座に電源 OFF |
| モータは回るが車輪が回らない | 機械(軸結合、イモねじの緩み) |
| モータが回るが異音・振動 | 機械(バランス、緩み、ベアリング) |
| まっすぐ走らせたいのに曲がる | 機械(左右の非対称、重心の偏り) |
| センサの値が飛ぶ | 電気/ソフト(ノイズ、未接続、コード) |
機械と判別できたら、本章の対処カタログに進みます。
2. 機械デバッグの武器¶
電気側が「テスタ+シリアル」だったのに対し、機械側は 五感+分解 が主な武器です。
2.1 目:目視観察¶
- 部品の位置がずれていないか
- ねじが緩んで飛び出していないか
- ひびや欠けがないか
- 色の変化(焦げ、摩耗痕)
2.2 耳:異音の種類¶
音は重要な手がかりです。
| 音 | 疑う原因 |
|---|---|
| カラカラ | 部品が緩んで振動している |
| キュルキュル/キーキー | 摩擦音(潤滑不足、ベアリング劣化) |
| ブーン/唸り声 | モータが回ろうとして止まっている(過負荷、拘束) |
| パチッ | プラ部品のひび、ギアの歯飛び |
| カクカク | 軸のガタ、ベアリング内輪の緩み |
2.3 鼻:においの種類¶
| におい | 疑う原因 |
|---|---|
| 焦げ臭 | モータの過熱、樹脂部品の摩擦熱 |
| 甘い/プラスチック臭 | 3D プリント部品が溶け始めている |
| 油のにおい | 潤滑剤が漏れている、または焦げている |
2.4 手:温度・振動・ガタ¶
- 温度:部品に手をかざしてかざして熱を感じるか(電気デバッグと同じ手順)
- 振動:稼働中の筐体を触って、異常な振動を感じるか
- ガタ:電源断後に可動部を揺すって、余計な動きがないか
3. 分離テスト(機械版)¶
機械の分離は ねじを外す・結合を外す という物理作業なので、電気より手間がかかりますが、原因特定の最終手段 として有効です。
3.1 駆動系の分離テスト¶
モータが妙な動きをする場合。各段階で「期待される動作」と「NG 判定」を明示 して進めます。
- モータ単体を車両から外す → 電源を繋ぐ
- 期待される動作:モータが無負荷で軽快に回転(指で軽く触れても止まらない、音がスムーズ)
- NG 判定:回らない、または指でつまむと簡単に止まる → モータ or ドライバの電気的問題(第 9 章 へ)
- OK → 次へ
- モータに車輪だけを付ける(車軸は付けない)
- 期待される動作:車輪がモータ軸とズレずに、軸速度と同じ速さで回転
- NG 判定:モータ軸は回るが車輪が空転 or ズレて回る → モータ軸と車輪の結合 の問題(イモねじの緩み、D カット面への当たり方、軸径のミスマッチ。第 27 章 参照)
- OK → 次へ
- 車軸(ベアリング支持付き)も組み付ける
3.2 筐体・構造の分離テスト¶
走行時の異常振動・歪みの場合:
- アッパーカバーを外して走らせる → 直る?
- 直る → カバーが共振している、または擦れている
- 直らない → 次へ
- 電池を外し、別電源で駆動 → 直る?
- 直る → 電池の重量バランスが悪い
- 直らない → 次へ
- 片側の車輪だけで駆動(反対側はフリー)→ 片側は正常に回るか
- 左は OK、右が NG → 右側のモータ・ベアリング・車輪の結合
- 両側とも NG → 車軸の共通部分
4. 症状別対処カタログ¶
現場で頻出する症状を、頻度順に列挙します。
4.1 モータは回っているのに進まない¶
最頻出の機械系トラブル。原因は 「モータと車輪の結合」 にほぼ集約されます。
| 候補原因 | 確認手順 |
|---|---|
| イモねじの緩み | 車輪を手で持って回す → モータ軸だけが回る or 車輪も一緒に回るか |
| イモねじが D カット面に当たっていない | 車輪を軸方向にずらして、イモねじの当たり位置を目視 |
| 接着のみで固定した車輪が滑っている | 接着剤の痕を確認 |
| 車輪の素材とのグリップ不足 | 地面と車輪の接地面で滑っている(ゴム車輪に交換 or タイヤ部を巻く) |
4.2 走行時に曲がる(直進できない)¶
| 候補原因 | 確認手順 |
|---|---|
| 左右のモータの特性差 | モータを入れ替えてみる → 曲がる方向が反対になるか |
| 左右の車輪径が違う | ノギスで実測、数 mm 違うと大きく曲がる |
| 重心が片側に寄っている | 部品配置の重量バランスを確認、電池の位置を動かしてみる |
| 片側のベアリングの摩擦が大きい | 各車輪を手で回してみる、空転時間を比較 |
| 床面の傾斜 | 平らな床で再テスト |
4.3 異音:カラカラ¶
| 候補原因 | 対処 |
|---|---|
| ねじの緩み | すべてのねじを再締め |
| 部品のガタ | ベアリングの圧入が足りない、または軸のガタ |
| 動作中に何かが接触している | 可動部周辺の干渉を確認 |
4.4 異音:キュルキュル・キーキー¶
| 候補原因 | 対処 |
|---|---|
| 金属同士の擦れ(潤滑不足) | グリースを差す(ただし電気配線に飛ばないよう注意) |
| ベアリングの劣化 | 指で回して抵抗を感じるならベアリング交換 |
| ゴム部品の摩耗 | 表面状態を目視、磨耗が進んでいれば交換 |
4.5 異常振動(視認できる揺れ)¶
| 候補原因 | 確認手順 |
|---|---|
| 車輪のアンバランス(重心が軸中心にない) | 車輪を回して、ゆっくり止まったときに決まった位置で止まるかを確認 |
| モータマウントの緩み | モータを手で揺すって、マウントにガタがないか |
| 共振(特定の回転数で大きく振動) | 回転数を変えて、特定の速度域で振動が強くなるか確認 |
| 筐体の剛性不足 | 手で筐体を押して、たわみがあるかを確認 |
4.6 モータが「ウーン」と唸るだけで回らない¶
| 候補原因 | 確認手順 |
|---|---|
| 車輪・ギアが何かに強く押し付けられている | モータを車体から外して単体で回す → 回るなら機械的な拘束 |
| ベアリングが斜めに圧入されて高摩擦 | 軸を手で回して、抵抗が大きいか |
| モータが焼き付いている(過去の過負荷) | モータを新品に交換して比較 |
| 電気側:電流制限で出力不足(機械でなく電気の問題) | 第 9 章に戻る |
4.7 部品が壊れた(割れた、曲がった)¶
| 候補原因 | 対処 |
|---|---|
| 落下・衝撃 | 予備部品で交換 |
| 疲労破壊(振動の繰り返し) | 同じ設計では再発するため、材料を変更 or 形状を補強 |
| 3D プリントの積層剥離 | プリント方向を変更して再プリント(第 22 章) |
| ねじ山のなめ | インサート追加 or ねじ穴貫通化 |
5. AI エージェントへの機械デバッグ相談¶
電気より機械のほうが AI への相談が難しい傾向があります。理由は、AI が物理現象(重心、振動、摩擦)を推測する手がかりが限定的 だからです。
5.1 AI に渡すべき情報¶
- 症状の動画(AI が動画を受け取れる場合は特に有効)
- 静止画(複数角度、特に問題箇所のクローズアップ)
- 各部の実測値(ノギスでの寸法、重量)
- 構成(モータ型番、減速比、車輪径、電源電圧)
- 試したこと(§3 の分離テストの結果)
5.2 プロンプト例¶
小型ライントレースカー(全長 180 mm、重量 210 g)が、
直進させようとすると 2 m で約 30 cm 右に逸れます。
構成:
- モータ:FA-130 相当 × 2(左右)
- 減速比:1:48(定格回転数 100 rpm)
- 車輪径:φ 40 mm、ゴム製
- ベース:アクリル 3 mm、モータマウントは PLA 3D プリント
試したこと:
1. モータを左右入れ替え → 逸れる方向は変わらず(右に逸れる)
2. 車輪径を実測 → 左右とも φ 39.8 mm で差なし
3. 各車輪単体を手で回す → 右側のほうが抵抗が大きい感覚
4. 右側のベアリング周辺を目視 → 斜め圧入の気配あり
質問:
- 右側ベアリングの斜め圧入がおそらく原因と判断しましたが、妥当ですか?
- ベアリングを抜いて再圧入する以外に、改善策はありますか?
5.3 AI の回答の扱い¶
電気と同じく、AI の回答は 仮説として 受け取り、実測とテストで検証します。「おそらく」と返ってきた原因は、分離テストで確かめるまで確定ではありません。
6. Part VI のまとめと次章への橋渡し¶
Part VI「機械のワークフロー」はこれで完成です。
- 第 21 章 — 設計(要件→材料→寸法→CAD)
- 第 22 章 — 製作(3D プリント/レーザーカット/手加工)
- 第 23 章 — 組立前チェック(BOM 突き合わせ、寸法、嵌合)
- 第 24 章 — 組立中チェック(トルク、干渉、クリアランス、組立順)
- 第 25 章 — デバッグ(本章)
電気側(第 5〜9 章)と対応する 5 フェーズが揃い、電気と機械の両方が同じリズム でプロジェクトを進められる構造ができました。
次からは Part VII「機械系トピック」 に入ります。筐体・駆動部・モータマウント・重量バランス・配線管理といった、部品カテゴリごとの詳細 を扱う章群です。各章は本書の章テンプレ(動機 → NG 例 → 根拠 → 正しい設計 → チェックリスト)で書かれており、本章 §4 の症状別カタログの 「正しい設計」の詳細版 になります。
次は 第 26 章「筐体」 から。