第 5 章 電気の設計フェーズ¶
Part III「電気のワークフロー」の最初の章です。ここからは、プロジェクトを動かす タイムライン に沿って、各フェーズで何をするかを扱います。本章は 設計フェーズ — 「作りたいロボットの輪郭ができた」段階から、買うべき部品のリスト(BOM)が確定するまで の作業です。
AI エージェント全盛期には、この設計フェーズは AI との協働が最も効く場所 でもあります。マイコンやモータの候補を並べさせる・仕様を比較させる、といった作業は AI が秒で片付けてくれます。ただし AI が出したものをそのまま信じて発注するのは危険 です。その理由と、どこで人間が介入するかを本章で明確にします。
この章で失敗しやすいこと
- 要件が曖昧なまま部品選定に入る → 組み始めてから「これじゃ足りない」となり買い直し
- AI の提案を検証せずに発注 → 入手困難な型番・仕様が足りない部品が届く
- 電源容量を見積もらず始める → 組み上げた瞬間にブラウンアウトループ
- BOM がないまま進める → 「この抵抗、何に使うんだっけ?」状態、買い忘れ・重複購入
- 「過剰スペック」で安心しようとする → 予算オーバー、サイズ過大
1. 設計フェーズとは何か¶
設計フェーズは、「物理的な実体を作り始める前に、紙の上(または画面の上)で決められるものは決めておく」 フェーズです。具体的な成果物は 1 つだけ — BOM(Bill of Materials、部品表) です。BOM が確定すれば、発注 → 入荷 → 組立と進めます。
このフェーズでやる 5 ステップ¶
- 要件定義 — 「こういうロボットを作りたい」を電気的な要件(電圧・電流・信号・通信)に翻訳する
- AI 相談 — 要件を AI エージェントに渡し、マイコン/モータ/電源/センサの候補を洗い出してもらう
- レビュー(人) — AI の提案を、第 2〜4 章で身につけた知識で データシートと突き合わせて検証する
- BOM 作成 — 検証済みの部品を表にまとめる
- 発注 — BOM をもとに注文する
この順番が重要です。Step 2 の前に Step 1 を飛ばすと、AI に与えた要件が曖昧で役に立たない候補が返ってきます。Step 4 の前に Step 3 を飛ばすと、使えない部品が届きます。
AI が得意な部分と、人間が担う部分
上の図の 青いボックス(AI)は 1 つだけ、緑のボックス(人間)が 2 つあることに注目してください。 要件定義(Step 1)と レビュー(Step 3) は、AI には代替できません。 Step 1 は「何を作りたいか」という主観を扱うため、Step 3 は「目の前の部品の絶対最大定格を超えていないか」という安全の一次判断なので、人間が責任を持つ必要があります。
2. 要件定義:「作りたいもの」を電気要件に翻訳する¶
ほとんどの初心者は「〇〇みたいなロボットを作りたい」という気持ちだけを持って AI に相談してしまい、AI からも「どういうロボットですか?」と聞き返されて答えに詰まります。電気要件 4 項目 を自分で先に埋めておけば、AI との対話が劇的に短くなります。
電気要件の 4 分類¶
| 分類 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 入力(センサ) | 外界の何を知りたいか | 距離、明るさ、ラインの位置、温度、加速度、ボタン |
| 出力(アクチュエータ) | 外界に何を作用させるか | DC モータで走行、サーボでアーム動作、LED で通知、画面表示 |
| 通信 | 他の機器と何をやり取りするか | なし(単独動作)/ Wi-Fi(クラウド連携)/ Bluetooth(スマホ操作)/ 有線 UART |
| 電源 | どう給電するか | USB ケーブル(屋内のみ)/ 乾電池(携帯)/ リポ(高出力)/ AC アダプタ(据え置き) |
この 4 項目を埋めれば、マイコン・モータドライバ・センサ・電源レギュレータの選定候補がほぼ自動的に絞られます。
まずは 5 分で埋める要件メモ(空欄テンプレ)¶
次の空欄を埋めてから AI に相談すると、提案の精度が上がります。
- 作りたいもの:________
- 入力(センサ):________
- 出力(アクチュエータ):________
- 通信:________(なし / Wi-Fi / Bluetooth / 有線)
- 電源:________(USB / 乾電池 / リポ / AC)
- 予算上限:________円
- サイズ上限:________
- 制作期間:________
- 技術レベル:________(はんだ経験あり/なし など)
- 購入先の希望:________(国内通販優先 など)
この 10 行だけでも埋まっていれば、Step 2 の AI 相談で「質問の往復」を大幅に減らせます。
例:ライントレースカー(本書のプロジェクト A)の場合¶
- 入力:床のライン(白黒)を検出する反射型フォトセンサ 2 個
- 出力:左右の車輪を独立に回す DC モータ 2 個(モータドライバ経由)
- 通信:単独動作でよい(有線・無線なし)
- 電源:携帯できるようにしたいので、単 3 電池 × 4 本(6 V)で駆動、マイコン側は 5 V レギュレータで作る
この時点で「AI に渡す要件メモ」ができます。
優先順位と制約¶
要件を 4 項目に並べたら、要るもの と あると嬉しいもの を分けます。加えて:
- 予算の上限(例:部品一式で 5,000 円以内)
- サイズの目安(例:手のひらに載る、A4 サイズ以内)
- 制作期間(例:土日 2 日で組み上げたい)
- 自分の技術レベル(例:はんだ付けは慣れていないのでブレッドボードで完結させたい)
これらは AI に明示的に渡す制約条件になります。渡さないと AI は「予算無制限・サイズ無制限・時間無制限」という前提で最上位機種を勧めてくることがあります。
3. AI エージェントへの相談の書き方¶
要件と制約が揃ったら AI(ChatGPT / Claude など)に相談します。この節では プロンプトの書き方 を扱います。
悪いプロンプトと良いプロンプトの比較¶
何が問題か:要件・制約が何一つ書かれていないので、AI は「Arduino Uno がおすすめです」程度の無難な答えしか返せない。読者と AI の両方が時間を無駄にする。
個人でライントレースカーを作りたいので、マイコン・モータドライバ・電源構成を提案してください。
# 要件
- 入力:反射型フォトセンサ 2 個で床のライン検出
- 出力:DC モータ 2 個(FA-130 相当、電流は定常 200 mA、ストール 1 A)
- 通信:なし(単独動作)
- 電源:単 3 × 4 本(6 V)で携帯運用
# 制約
- 予算:部品一式で 5,000 円以内
- サイズ:手のひらに乗る(A5 以下)
- 期間:土日 2 日で組み上げたい
- 技術レベル:はんだ付け未経験。ブレッドボードで完結したい
- 国内通販(秋月・Switch Science・マルツ)で買える部品を優先
# 欲しい出力
- マイコン・モータドライバ・レギュレータの候補を 2〜3 案ずつ
- 各案の長所・短所
- Absolute Maximum Ratings が問題になりそうな項目があれば指摘
- 概算の合計金額
何が違うか:AI が具体的な推奨を出せる情報が全部揃っている。「予算 5,000 円」「ブレッドボードで完結」などの制約を明示すると、AI は最上位機種を勧めずに入門向けの構成を出してくる。
プロンプトに必ず含める項目(テンプレート)¶
- 何を作りたいか(1 行で)
- 要件の 4 項目(入力 / 出力 / 通信 / 電源)
- 制約(予算・サイズ・期間・技術レベル・購入ルート)
- 欲しい出力の形(候補数、比較軸、金額など)
AI が返してきたら、すぐには信用しない¶
AI の回答には次の弱点があります。
- 学習データが古い — 製造中止品や、入手困難品を推奨することがある
- 「組み合わせの妥当性」の検証が浅い — 単品としては良い部品でも、組み合わせるとピン電圧が合わないなどの見落としがある
- Absolute Max の確認が甘い — 定格ギリギリ、あるいは超過している設計を提案することがある
- 入手先の実情を知らない — 「秋月にあります」と言っても、在庫切れ・取扱終了の可能性がある
これらを潰すのが次のレビュー工程です。
4. レビュー:AI 出力をデータシートで検証する¶
AI が提案した候補を、自分のチェックリスト で 1 つずつ検証します。これは第 2〜4 章で身につけた知識をフル活用する工程です。
電気要件のレビューチェックリスト¶
- 電源電圧が全 IC の Recommended Operating Conditions に収まる
- 例:5 V マイコンを使うなら、センサ類も 5 V 動作品 or レベル変換を入れる
- データシートの該当ページをブラウザで開き、スクリーンショットと一緒に BOM メモに貼っておく と後日の検証が楽
- モータドライバの連続電流定格 ≥ モータのストール電流
- 「定常電流」でなく ストール(拘束)電流 で判断する。起動時のピークでドライバが焼ける
- マージン 20〜50% を見ておくと安心
- マイコンの GPIO 電流 ≥ センサ・周辺回路の要求電流
- Ch 2 で見た通り、1 ピン DC 20 mA が実用上限。これを超える負荷は MOSFET かドライバ経由
- 信号線のロジック電圧が整合している(5 V と 3.3 V の混在に注意)
- I2C/SPI/UART で電圧違いの混在がある場合、レベル変換 IC が BOM に入っているか
- レギュレータの入出力電圧差が動作範囲内
- 通常の三端子レギュレータは入力 ≥ 出力 + 2 V、LDO は + 0.1〜0.5 V(Ch 4 §4.2 参照)
- 電源容量(A)が全消費の合計 × 2〜3 倍のマージン内
- モータドライバの電源側は最もピークが大きい。ここの見積もりをケチらない
- ショート時の電流容量 を確認した(Ch 1 §6.5 の段階的プロトタイピング方針と整合)
在庫と代替のレビュー¶
- 国内通販で在庫があるか(秋月・Switch Science・マルツオンラインの商品ページ URL を BOM に記録)
- 代替品の候補が 1 つ以上ある(メイン品が切れた時のプラン B)
- クローン品ではなく公式品であることを確認(Ch 付録「クローンボードの取り扱い」参照)
レビューで NG が出たら¶
設計フロー図 の赤い点線矢印の通り、Step 2(AI 相談)に戻る か、場合によっては Step 1(要件定義)に戻って制約を見直す のが正しい対処です。「ちょっと違うけどまあいいか」で先に進むと、ほぼ確実に組立フェーズ以降で詰まります。
5. BOM 作成の基本¶
レビュー済みの部品を BOM(Bill of Materials、部品表) にまとめます。BOM は発注時のチェックリストであり、組立時の部品出しガイドであり、トラブル時の「この部品、本当にこの型番だっけ?」の答え合わせでもあります。
BOM の最低限の列¶
| 列 | 意味 | 例 |
|---|---|---|
| カテゴリ | マイコン/ドライバ/センサ/抵抗等 | モータドライバ |
| 型番 | メーカー型番 | DRV8835 モジュール |
| メーカー / 販売元 | 一次情報の出所 | Pololu / Texas Instruments |
| 入手先(URL) | 実際に買うページ | Switch Science 商品ページ URL |
| 単価 | 税込価格 | 650 円 |
| 必要数 | プロジェクトで使う数 | 1 |
| 予備数 | 壊した時の予備 | +1 |
| 小計 | 単価 ×(必要数+予備数) | 1,300 円 |
| 用途メモ | どこで使うか/代替候補 | 左右 DC モータの駆動。代替:TB67H450 |
サンプル BOM(ライントレースカー用)¶
| カテゴリ | 型番 | 入手先 | 単価 | 必要 | 予備 | 小計 | メモ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| マイコン | Arduino Uno R3(公式品) | Switch Science | 3,300 | 1 | 0 | 3,300 | 開発用 |
| モータドライバ | DRV8835 モジュール | Switch Science | 650 | 1 | 1 | 1,300 | 2ch、V_M 2〜11V |
| DC モータ | FA-130 相当 | 秋月 | 150 | 2 | 1 | 450 | ストール ≈1A |
| 反射型フォトセンサ | TCRT5000 | 秋月 | 80 | 2 | 1 | 240 | ライン検出 |
| 抵抗 | カーボン ¼W セット | 秋月 | 1,000 | 1 | — | 1,000 | E24 100Ω〜10kΩ |
| 電池ボックス | 単3×4、リード線付き | 秋月 | 100 | 1 | 0 | 100 | 6V 電源 |
| ブレッドボード | EIC-801 | 秋月 | 350 | 1 | 0 | 350 | 試作用 |
| ジャンパワイヤ | オス-オス セット | Amazon | 500 | 1 | 0 | 500 | 10〜20cm |
| 合計 | 7,240 | 予算 5,000 円超過 → 要調整 |
最後の行の「予算超過」は、設計フェーズで気付けば軽傷です。この段階で判断すれば、Arduino Uno R3 を Pro Mini(600 円)に替える、抵抗セットの代わりに必要分だけ揃えるなどで調整できます。組立段階に入ってから気付くと痛い。
予備数の考え方¶
- 壊しやすい部品(LED、トランジスタ、小信号 IC):定数分 + 1〜数個
- 高価な部品(マイコンボード、モータドライバ):必要最小限。予備なしも可
- 消耗品(抵抗、ジャンパワイヤ、はんだ):常備品として多めに
LED や抵抗は「2 本必要なら 10 本買う」くらいの感覚で問題ありません。数十円〜百円の差で試作中のリカバリ速度が大きく変わります。
6. 設計フェーズの失敗パターン集¶
最後に、このフェーズで起きがちな失敗を列挙します。
過剰スペック
「念のため上位機種を」と思って Raspberry Pi 4 や ESP32-S3 を選ぶ — ライントレースカー程度なら Arduino Uno R3 や Raspberry Pi Pico で十分です。 上位機種は 予算・消費電流・サイズ の 3 面でコストが上がります。 要件から逆算して「必要最小限の 1 つ上」を選ぶのが実用的です。
入手困難品
ブログや AI が「この IC がいいですよ」と言っても、国内で 1,000 円未満で買えるか を確認しないと、海外からの個人輸入待ち(2〜4 週間)で作業が止まります。 Aliexpress の「1 個 50 円」は魅力的ですが、1 ヶ月後に届くクローン品である可能性があり、初回は国内正規品を選んだほうが学習のストレスが減ります。
電源の見積もり漏れ
マイコン+センサだけで BOM を作り、モータ電源のピーク電流を忘れる — これが第 4 章のブラウンアウトループを引き起こします。 BOM に「電源容量:合計 〇〇 mA(モータピーク時)」という行を書いておき、電池や AC アダプタの定格と見比べるクセを付けてください。
機械要件を無視する
「このモータはスペックが良さそう」と選んでから、実は モータ軸が D カット(イモネジ固定)で、手持ちの車輪と合わない、というパターン。 電気要件と同時に 機械的マウント(軸径・軸形状・取り付け穴) も検討する必要があります。Part VI「機械の設計フェーズ」と本章は 同時並行で進める のが理想です。
時間見積もりの楽観
「土日 2 日で完成」は、組立は数時間で済むが、部品発注から到着までの時間は丸々別 です。 週末に詰まないよう、BOM を金曜までに確定させて月曜〜火曜に発注、週末に作業、というスケジュール感が無理がありません。
7. 次章への橋渡し¶
設計フェーズで BOM が確定すれば、次は物理的な組立 に入ります。
次の 第 6 章「電気の組立フェーズ」 では、ブレッドボード配線の原則・はんだ付けの基本・配線の色分けや管理など、設計通りに物を作るためのハンズオンの作法 を扱います。ここで意識するのは「設計の意図を物理に崩さずに落とし込む」ことで、設計フェーズで決めた電源分離・GND 共通・極性 が組立段階で踏み外されないよう、具体的な作業手順で守ります。
なお、機械要件がある場合は 第 21 章「機械の設計フェーズ」 も 並行して 進めてください。電気と機械の設計は相互に依存するため、どちらか一方だけを先に確定させると後戻りが増えます。