第 21 章 機械の設計フェーズ¶
Part VI「機械のワークフロー」の最初の章。電気側の 第 5 章「電気の設計フェーズ」 と対応する、機械側の設計フェーズ を扱います。
電気の設計が「部品を BOM にまとめるまで」だったのと同じく、機械の設計は 「CAD データ(STL / DXF)と機械系 BOM を確定するまで」 の工程です。実際のプロジェクトでは電気と機械の設計を 並行 で進めます。
この章で失敗しやすいこと
- 重量見積もりを省略 → 完成後にモータトルクが不足して走れない・動かない
- 厚みを薄くしすぎ → モータ荷重でたわむ/振動で割れる
- CAD モデル上では干渉しないが、公差で現物はぶつかる → 組立できず作り直し(CAD は寸法を正確に「0 誤差」で計算するが、3D プリントは ±0.2 mm、レーザーカットは ±0.1 mm の誤差が実物に乗る。CAD で隙間 0 の設計は、現物では確実に干渉する)
- 積層方向を無視した 3D プリント設計 → 層が荷重方向と直交して剥離
- 電気配線の通り道を忘れる → 組立後にケーブルが通らない
1. 機械設計フェーズの位置づけ¶
電気と並列で進める 5 ステップ:
- 要件定義 — 作りたいロボットの要件(何をどう動かしたいか、サイズ、重量、使う場所など)から、機械的な寸法・荷重・材料の要求を 言語化 する工程
- 材料選定 — アクリル/アルミ/3D プリントから使う組み合わせを決める
- 寸法決定 — 内寸(部品の収まり)と外寸(目標サイズ)のすり合わせ
- CAD 出力 — STL(3D プリント用)/DXF(レーザーカット用)の出力と検品
- 機械系 BOM 作成 — ねじ・ナット・ベアリング・材料の発注リスト
電気側と違うのは AI が得意な領域と苦手な領域がはっきり分かれる 点です。具体的には:
- AI が得意:規格値の引き出し(M3 の下穴径、608 ベアリングの寸法)、材料選定の比較表、典型的な設計パターンの提案、BOM の整形
- AI が苦手:CAD の操作そのもの(Fusion 360 等を代わりに操作することはできない)、寸法の物理的妥当性判断(「この薄板で大丈夫か」は現物で振動させてみないと分からない)、手元の 3D プリンタの癖(個体ごとの収縮率、反り具合)
したがって機械側では 「AI に候補を出させる → 自分でスクリーンショット or 実寸モックアップで検証 → 現物で微調整」 のイテレーションが電気より多めになります。
2. 機械要件を引き出す¶
2.1 要件の 5 項目¶
電気の要件 4 項目(入力・出力・通信・電源)と並行して、機械側は次の 5 項目を埋めます。
| 項目 | 中身 | 例(ライントレースカーの場合) |
|---|---|---|
| 可動部 | 動かす場所、動かし方 | 左右の車輪を独立駆動 |
| 搭載物 | 載せる電気部品、それらのサイズと重量 | Arduino Uno、モータ 2 個、電池 4 本、センサ基板、約 200 g |
| 外形サイズ | 目標の大きさ(長さ × 幅 × 高さ) | A5(約 200 × 148 mm)以内、高さ 80 mm 以内 |
| 環境 | 使う場所、温度、湿度、床面 | 室内の平らなフローリング、または硬い紙 |
| 耐久 | 使用頻度、衝撃、落下の有無 | 卓上でのデモ、1 日 10 分稼働、落下は想定しない |
「ロボットを作りたい」から逆算して、これらを埋めます。
まずは 5 分で埋める機械要件メモ(空欄テンプレ)¶
次の空欄を埋めてから CAD に入ると、設計の手戻りが減ります。
- 作りたい機構(何を動かすか):________
- 可動部(回転・直動・角度範囲):________
- 搭載物(部品名と重量):________
- 外形上限(長さ × 幅 × 高さ):________
- 目標重量:________
- 使用環境(床・温度・段差):________
- 連続稼働時間:________
- 製作方法(3D プリント / レーザーカット / 手加工):________
- 分解メンテ頻度(電池交換・整備):________
- 購入先の希望(国内優先など):________
この 10 行を先に作るだけで、「サイズは決まったが電池が入らない」「工具が届かない」といった初歩的な詰まりを大きく減らせます。
2.2 電気要件とのすり合わせ¶
機械と電気の要件は必ず 相互に影響 します。チェックポイント:
- モータの軸径(機械)と モータドライバの対応電流(電気)— 同じモータで両方が決まる
- 電池の位置(機械、重心に影響)と 電源容量(電気)— どちらも BOM に影響
- センサの取り付け位置(機械)と センサの配線長(電気)— ノイズ対策にも関係
設計の両輪は 同じ打ち合わせで決める のが理想です。紙の上で両方の項目を並べて埋めます。
3. 材料選定¶
3.1 材料ごとの向き・不向き¶
| 材料 | 向いている用途 | 避けたい用途 |
|---|---|---|
| アクリル板 3 mm | 底板、軽い仕切り | モータマウント(薄い/片持ち) |
| アクリル板 5 mm | 主構造、モータマウント | 細い柱、衝撃部位 |
| アルミフレーム 2020 | 剛性がほしい構造、再構成が多い | 軽量化したい小型機 |
| PLA 3D プリント | 複雑形状(マウント類、ブラケット) | 高トルク、長期振動 |
| PETG 3D プリント | 高トルク部、屋外、熱源近傍 | 積層が目立つと困る外装 |
| 厚紙・段ボール | 試作の初期段階、配置確認 | 本番運用 |
3.2 材料の組み合わせ¶
ロボット全体を 1 種類の材料で作るのは稀です。典型的なハイブリッド構成:
- 底板:3〜5 mm アクリル — レーザーカットで安く仕上がる、平面精度が高い
- 側板:2020 アルミフレーム — 高さ方向の剛性を稼ぐ
- モータマウント:PLA 3D プリント — 形状の自由度、交換が容易
- センサマウント:薄い 3D プリント or 両面テープ — 軽量、位置調整可
3.3 AI に相談するときのプロンプト例¶
PLA 3D プリントと 5 mm アクリル板のハイブリッドで、
ライントレースカーの筐体を設計したい。
条件:
- 外形 180 × 140 × 60 mm 以内
- Arduino Uno、DRV8835、FA-130 モータ 2 個、単 3 × 4 本の電池ボックス、
TCRT5000 センサ 2 個 を搭載
- 総重量 200 g 前後
- モータは底板から 20 mm 高の位置(車輪径 φ 40 mm を考慮)
機械的に弱点になりそうな箇所を指摘してください。
モータマウントは PLA で作る想定です。
AI はこういう質問に対して、片持ち構造のリスク、振動による緩みの指摘、重量バランス、配線の通り道 などをカバーしてくれることが多いです。
4. 寸法決定¶
4.1 内寸から詰める¶
搭載する部品の寸法を足し合わせて、内寸(筐体の内側の空間)を出します。このとき、部品を隙間なく詰めると手が入らず組立できなくなる ため、以下のクリアランスを確保します。
- 部品間の隙間:5〜10 mm(配線、部品公差、手で挟む余裕)
- ねじ頭とコンポーネントの距離:5 mm 以上(工具が入るため)
- モータと車輪の間:2〜3 mm(回転時の干渉回避)
- 電池の周り:交換用に片側 10 mm 以上空ける
4.2 外寸を決める¶
内寸 + 材料厚み + 外周のマージン = 外寸。
例:内寸 150 × 100 mm の領域に 5 mm アクリル板の枠を付ける場合、 外寸 ≈ 150 + 2 × 5 + 2 × 5 = 170 mm 幅、という計算になります。
4.3 重量とバランスの初期見積もり¶
各部品の重量を BOM 段階で書き出しておき、重心位置を事前に検討 します。詳細は第 29 章で扱いますが、この段階で 重量上位 3 項目(モータ、電池、マイコン)の位置 を決めておくと、後の干渉・転倒トラブルが減ります。
5. CAD 出力と検品¶
5.1 3D プリント用(STL)¶
- 積層方向を想定した形状にする — 設計時に 「この部品は最終的にどの向きでプリンタのベッドに置かれるか」 を決め、部品にかかる最大荷重が層と平行になる向きで出力する。例:モータマウントの穴は「モータが下向きに引っ張られる方向」と「層の積み重ね方向」が 90 度の関係になるようにする(詳細は 第 22 章)
- オーバーハング(35° 以上の突き出し)を避ける — サポートが必要になると表面が荒れる
- 外形ではなく内部の「穴」の寸法 が収縮の影響を受けやすい — 大きめに設計
- CAD で出す前に STL ビューアーで穴・壁の厚みを目視確認
5.2 レーザーカット用(DXF)¶
- 切断線は「切る」だけ(色や線幅で業者が区別する — 業者のガイドを読む)
- 内穴と外形の線が重ならないか確認 — 重なっていると 2 回切られて部品が割れる
- ハッチング(網掛け)が切断線として解釈されないか — 最終出力前に線だけにする
- 原点と向き — 業者のガイドに合わせる
5.3 検品チェックリスト¶
出力前に CAD 上で最終確認:
- すべての寸法が図面上に表記されている
- ねじ穴・通し穴の公差を記入している(例:
φ 3.2、M3 タッピング) - 組立時に工具が入るクリアランスを確保
- 可動部が他の部品と干渉しない(CAD の干渉チェック機能を使う)
- 重量見積もりが目標内
- 電気部品の配線経路が物理的に通る
6. 機械系 BOM の作成¶
電気の BOM と同じ要領で、機械の部品表を作ります。
6.1 機械系 BOM の列¶
| 列 | 例 |
|---|---|
| カテゴリ | ねじ/ナット/ベアリング/材料/購入品(車輪等) |
| 型番・規格 | M3 × 10 キャップスクリュ、608ZZ、PLA フィラメント等 |
| メーカー/販売元 | ミスミ、モノタロウ、Amazon、3D 印刷業者等 |
| 入手先 URL | 商品ページ |
| 単価 | 1 個あたり |
| 必要数 | プロジェクトでの使用数 |
| 予備数 | ねじ・ナットは多めに |
| 小計 | 単価 ×(必要数+予備数) |
| 用途メモ | どこで使うか |
6.2 ねじ類の予備数¶
ねじとナットは、必要数 + 10〜20% を発注します。
- 小さいねじは 作業中に落とす ことが多い
- 1 個から 10 個でも 100 個でも単価がほぼ同じ 製品があるので、セット売りを活用する
- 電気系 BOM と機械系 BOM は別のページに分けて管理 すると発注時に混ざらない
7. 典型的な失敗パターン¶
過剰スペック(設計段階で大型化)
「念のため厚めに/大きめに」を重ねると、重量オーバー・予算オーバー・加工時間増。 要件通りの最小構成で一度設計し、問題が出たら増やす のが実用的。
CAD 上で完結して現物を試さない
CAD モデルは 重力も摩擦も振動も 表現しない。現物で初めてわかる問題(ケーブルの取り回し、手の入るスペース、重心)がある。 3D プリントの 実寸モックアップ を 1 回作ると、発見できる問題が格段に多い。
電気要件とのすり合わせ忘れ
モータを選んでから「軸径が合う車輪がない」、電池ボックスを買ってから「筐体に入らない」のような手戻りが発生。 電気と機械の BOM は 同じ打ち合わせで確定 させる。
3D プリントの積層方向を考えていない
層を無視した設計は、特定の荷重で パリッと割れる(積層が剥がれる)。 第 22 章の製作フェーズで再度扱いますが、設計時点で「どの向きに積層するつもりか」を決めておく。
8. 次章への橋渡し¶
設計が固まったら、いよいよ 物を作る フェーズです。
次の 第 22 章「製作フェーズ」 では、レーザーカット・3D プリント・穴あけ・やすりがけといった 実際に部品を作る作業 の勘所を扱います。電気側の「組立フェーズ」(第 6 章)に対応する章です。
自宅の道具で作るか外注するかの判断、3D プリントのスライス設定、安全な手加工の姿勢など、図面から実物 に変換するときの実践ノウハウを集めます。