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第 1 章 はじめに

ようこそ。本書は「小中学校の理科の授業しか覚えていないが、自分でロボットを作ってみたい」個人開発者のためのチュートリアルです。この章では本書の読み方・想定する読者像・必要な工具と部品・個人開発における安全意識を確認します。以降の章で 「なぜこうやって組むのか」を電気と機械の両面から 学んでいきます。


1. 本書の対象読者

想定する「できること」

  • パソコンの基本操作(OS のインストール、エディタでの文字入力、ターミナルでコマンド実行)
  • 中学理科レベルの知識:オームの法則 \( V = IR \) は式を見れば思い出せる、直列と並列の違いが何となくわかる
  • Python または C のサンプルコードを 写経して動かす ことはできる
  • はんだごての使用経験は問いません。必要な章で基礎から扱います

想定する「できないこと/知らないこと」

  • オシロスコープ・ロジックアナライザは持っていない(テスタは持っている前提、なければ第 2 章で買い方を示します)
  • データシートを見たことがない、あるいは見ても「どこを見ればいいか」がわからない
  • 「プルアップ/プルダウン」「オープンドレイン」「ソース/シンク電流」という用語を知らない
  • 3.3V と 5V の混在で何が起きるか、直感的にはわからない
  • トランジスタ/MOSFET を「スイッチとして使う」という発想がない

本書が対象としない読者

  • すでに大学で電子工学を専攻した方 — 物足りない記述が多いはずです
  • すでに Arduino で LED 点滅ができていて、次に何を学ぶか探している中級者 — 対象にしてもかまいませんが、優先度は下げています

本書の差別化ポイント

「コードを写経すれば動く」式の入門書と、「電子工学の教科書」の間の、動くものを早く出しつつデータシートの読み方も最初から教える という立ち位置を目指しています。具体的には、各章で次の 3 点を同時にやります。

  1. その章で作るものを、はじめて組むときに陥りやすい NG 回路・NG コード から見せる
  2. NG の理由を データシートの該当ページを引用 して説明する
  3. 正しい回路とコードに直し、抵抗値やトランジスタ選定の根拠 を読者と一緒に読み解く

この流れを本書全体で繰り返します。「なんとなく動いた」で終わらせない、というのが本書の約束です。


2. 必要な工具

本書をひと通り通すために、次の工具を手元に用意してください。価格は 2026 年時点の日本国内通販の目安です。

まず揃えておきたい最低限(電気の基礎〜スイッチ章まで使う)

工具 代表例 目安価格 備考
デジタルマルチメータ(テスタ) SANWA PM3、三和 CD771 など。導通・DCV・DCA が測れる機種 3,000〜7,000 円 本書で最も使う工具。最初に揃える
ブレッドボード EIC-801 相当(63 列 × 2 列、電源レール付き) 300〜800 円 2 枚あると安心
ジャンパワイヤセット オス-オス 10〜20cm、各色 500〜1,000 円 硬質の単線ジャンパがあると差し間違いが減る
USB ケーブル ボードに合うもの(Type-B / Micro-B / Type-C) 書き込み時の電圧降下で詰まらないよう、安物を避ける
部品ケース 仕切り付きの小物ケース 500 円〜 抵抗のカラーコードが読めるようになるまでは必須

モータ章・機械組立以降で必要(はんだ付けが始まる章から)

工具 代表例 目安価格 備考
はんだごて 白光 FX600(30〜70W 温度制御付き)など 3,000〜10,000 円 安物の温度制御なしは避ける
はんだ(鉛フリー) φ0.6〜0.8mm 1,000 円前後 銀入りは不要
はんだごて台(スポンジ・こて先クリーナー付き) 白光 FH300 など 1,500 円前後 火傷防止のため必須
フラックス洗浄剤 1,000 円 なくてもよいが仕上がりが変わる
ニッパ・ラジオペンチ 電子工作用の先が細いもの 各 1,000〜2,000 円
ワイヤストリッパ AWG 22〜28 対応 2,000〜3,000 円

工具の品質で詰むパターン

安すぎるテスタは 入力インピーダンスが低く、電圧測定中に回路の挙動を変えてしまうことがあります(理想のテスタは電圧測定時に電流をほとんど流しませんが、低品質品では無視できない電流が流れます)。本書の「動作確認チェックリスト」はテスタの読みに依存します。テスタだけは品質に投資してください。 同様に、はんだごても「温度制御なしの 400 円のもの」は避けてください。温度が上がりすぎて、ランド(基板の銅はく)を剥がす事故が起きます。

オプション(あると便利だが必須ではない)

  • USB オシロスコープ(5,000〜20,000 円):PWM の波形を見たい章で活躍します。ただし本書は「テスタだけで動作確認できる」範囲で構成しているため、必須ではありません
  • 可変電源(0〜30V、0〜3A):第 14 章以降のモータ章で便利ですが、電池と AC アダプタで代用できます

3. 必要な基本部品

章ごとに細かいリストを示しますが、立ち上がり時点で次のキットを揃えておくと、途中で毎回買い物に走らずに済みます。

カーボン抵抗セット

  • 定格 ¼W、精度 5%(誤差 ±5%)
  • E24 系列(10, 12, 15, 18, 22, ...)で 100Ω〜10kΩ の範囲を各 10 本ずつ
  • 50 種類入りの「カーボン抵抗セット」が通販で 1,000 円前後で手に入ります

LED

  • 赤・緑・青の汎用 3mm or 5mm 砲弾型、各 10 個以上
  • 高輝度 LED は 第 10 章 で扱うので、初回購入では不要です(眩しく、電流も多く取るため扱いに注意が要ります)

コンデンサ

  • 電解:10μF / 100μF / 470μF、各 5 個
  • セラミック:0.1μF(面の印字は 104)、10 個以上。デカップリング用で、モータ章以降で大量に使います

タクトスイッチ

  • 6mm 角、ブレッドボード用、10 個

モータ章まで必要な半導体

  • 汎用 NPN トランジスタ:2N3904 または 2SC1815 相当、5 個
  • ロジックレベル N-ch MOSFET:IRLB8721 / IRLZ44N など、3 個
  • 汎用ショットキーダイオード:1N5819 相当、5 個

購入先について

本書では特定の通販サイトを推薦しません。日本国内では Switch Science秋月電子通商マルツオンライン に本書で使う型番のほとんどが揃います。海外発送を許容するなら Digi-KeyMouser も選択肢です。AliExpress は品質にばらつきがあるため、最初のひと揃えは国内通販で買うほうが詰まりが減ります。 後述のクローンボードについては 付録「クローンボードの取り扱い」 も参照してください。


4. 使うマイコンと、AI エージェントとの役割分担

本書は 「AI エージェント(ChatGPT / Claude 等)を日常的に使える読者」 を前提に設計しています。マイコンの選定・サンプルコードの生成・公式チュートリアルの要約などは、汎用 AI に任せるのが効率的な時代になりました。

本書が担う(AI に任せきれない)領域

  • 電気の基礎を押さえた上で AI の提案を検証できるレベル の知識
  • 目の前の回路で何が起きているか の判定 — AI には物理配線・温度・発煙は見えません
  • 設計・組立・テストの各フェーズで守る基本動作 — 焼損事故を未然に防ぐためのチェックリスト
  • 機械系の物理的勘所 — 筐体・駆動部・重量バランスなど、AI では代替できない触覚的な知識

AI エージェントに任せてよい領域

  • 使うマイコンの選定(要件を伝えれば、Arduino Uno / Raspberry Pi / ESP32 / M5Stack などから適切なものを推奨してくれる)
  • Arduino 言語・Python・MicroPython のサンプルコード生成
  • 特定部品のデータシート要約、エラーメッセージの解読
  • ただし AI の出力を鵜呑みにせず、本書の基礎知識で検証してから使う

本書の検証用ボードは Arduino Uno R3

本書の作例コードと回路は、すべて Arduino Uno R3(公式品) で動作検証しています。他のボード(Raspberry Pi Pico、ESP32-S3-DevKitC-1、Raspberry Pi 4、M5Stack Core2 など)を使う場合は、本書の作例を AI に見せて 「このコードを ○○ 用に書き換えて」 と依頼するのが最短です。付録 B に主要ボードの最小セットアップメモを置いています。

本書がボード固有のセットアップを扱わない理由

「Arduino IDE のインストール方法」「Pico の UF2 書き込み方法」のような手順は、公式ドキュメントと AI で十分カバーできるため、本書では割愛します。代わりに、どのボードを使っても共通に効く知識(焼損を避ける基礎、フェーズ別の作業ルール、機械の設計基準)に紙面を使います。


5. 章ごとの読み進め方

本書は 電気系(前半)機械系(後半) の 2 つの大きなブロックで構成されます。電気だけ、機械だけの興味でも片方ずつ読めますが、動くロボットを完成させるには両方必要 です。

全体の構成(全 8 Part / 31 章)

  1. Part I 共通基礎(本章のみ) — 全員必読。安全意識と本書の読み方
  2. 前半:電気系(第 2〜17 章)
    • Part II 電気の基礎(第 2〜4 章) — オームの法則、データシート読解、電源
    • Part III 電気のワークフロー(第 5〜9 章) — 設計・組立・テスト前・テスト中・デバッグ
    • Part IV 電気系トピック(第 10〜17 章) — LED、スイッチ、モータ、センサ など
  3. 後半:機械系(第 18〜30 章)
    • Part V 機械の基礎(第 18〜20 章) — 材料の強度、工具と部品規格、寸法公差
    • Part VI 機械のワークフロー(第 21〜25 章) — 設計・製作・組立前・組立中・デバッグ
    • Part VII 機械系トピック(第 26〜30 章) — 筐体、駆動部、マウント、バランス、配線管理
  4. Part VIII プロジェクト(第 31 章) — 電気+機械の総合演習(ライントレースカー)

初読の推奨順

素直に第 1 章から順に読むのが最もつまづきにくいです。Part II → III → IV で電気を一通り終えてから、Part V 以降で機械に入ります。最後のプロジェクト章を 完成したいゴール として意識しておくと、各 Part で飽きにくくなります。

リファレンスとしての使い方

本書をひと通り読み終えたあとは、フェーズ別の章(第 5〜9 章、第 21〜25 章) が作業中に手元に置いておくチェックリストとして機能します。困ったときに該当フェーズの章を開いて、動作確認項目やデバッグ手順を引く使い方を想定しています。

電気と機械のミラー構造

前半(電気)と後半(機械)は 同じリズム で並べてあります。Part II「電気の基礎」は Part V「機械の基礎」と対応し、Part III「電気のワークフロー」は Part VI「機械のワークフロー」と対応する 5 フェーズ構造です。一度読み方を覚えれば、もう一方の半分もすぐに馴染める ように意図しています。

「壊してから覚える」代わりの読み方

本書の各章は、次のパターンを繰り返します。

  1. 動機 と「この章で壊しやすいもの」の提示
  2. 素朴な(NG)回路/コード の提示(実機で組まないこと
  3. なぜダメか をデータシート根拠で解説
  4. 正しい回路/コード の提示と、変更点の根拠
  5. 動作確認チェックリスト(テスタで何を測るか、電源投入順序)
  6. よくあるトラブル FAQ
  7. 次章への橋渡し

「NG を先に見せる」のは、最初から正解だけを覚えると、自分が現場で NG をやっていることに気づけない からです。NG の見本は必ず「実機で組まないこと」と明記しますので、頭の中でだけ 追ってください。


6. 個人開発における安全意識

本書の全体を通じて「壊さない」「燃やさない」という話が何度も出てきます。これは部品を守るためだけでなく、作業している自分と周囲を守るため の話です。
仕事ではなく趣味の範囲でも、最低限の安全対策は必須 であることを、ここで一度腑に落としておいてください。

6.1 故意の「破壊」と意図しない「事故」は本質が違う

本書では「GPIO に直結で LED を挿すと焼ける」のように、破壊事例を説明のために示す 場面が多く出てきます。これらは:

  • データシートを根拠に、何がどう壊れるか を予測できている状態での説明
  • 実機では試さないと 明記したうえで頭の中だけで追う 構造
  • 結果として「壊さないための知識」が残る

一方、初心者が現場で遭遇する事故はこうです:

  • 何がどう壊れるか予測できていない 状態で起きる
  • 壊れ方が予測外なので、被害が波及する範囲も予測できない(部品だけで済むはずが火事に発展するなど)
  • 結果として「ショックで学習意欲を失う」か、最悪ケガ・物損に至る

この 2 つは似ているようで本質が違います。本書の NG 事例を頭の中で追うことで 前者の「予測できる破壊」 を身につけ、後者の「予測できない事故」 を避けるのが、本書を通じた狙いです。

6.2 個人開発ならではのリスク

個人でロボットを作る現場には、商用開発の現場にはない固有のリスクがあります。

  • 一人作業が多い — 火傷・感電・転倒が起きても発見が遅れる。数分で済むはずの処置が、数時間後に発見されて深刻化するケースがある
  • 疲労時・深夜の作業 — 「あと 5 分だけ」「没頭して気づいたら深夜」というときに判断ミスが増える
  • 止める人がいない — 商用プロジェクトなら同僚や上司が「それやめた方がいい」と言ってくれるが、個人開発では誰も止めてくれない
  • 安全レビューの仕組みがない — 設計段階で「この構成、危なくないか?」と第三者がチェックする工程が存在しない
  • 作業環境が生活空間と未分離 — キッチンの食卓、寝室の机、カーペット敷きの床など、可燃物と混在した場所で作業しがち

これらは「気をつけよう」という意識だけでは消せないので、§6.4 の 物理的な対策 で先回りします。

6.3 本書の範囲で実際に起こりうる事故

脅すためではなく、何が起きるかを事前に知っておけば対策できる という意味で、具体例を挙げます。頻度の高い順です。

  • はんだごての火傷 — 先端は 300〜400 ℃。一瞬触れただけで皮下まで到達します。こて台を必ず使い、電源ケーブルを引っかけないよう配置する
  • リポバッテリの発火・膨張 — §3 の注意事項のとおり。充電中の放置/落下した個体の再使用/端子のショートは、すべて発火のトリガ
  • 大容量電解コンデンサの残留電荷 — モータ駆動回路の平滑コンデンサ(数百 μF 以上)は、電源を切ったあとも電荷が残ります。うっかりピンに触れると数十 V のパルスを浴びる可能性があります
  • モータの物理的な暴走 — プロペラやギアを付けた状態で手に当たれば裂傷、指が挟まれれば骨折もあり得ます。完成品の最初の通電は、必ず机の上で固定し、人と距離を取って 行ってください
  • 通電中のハードウェア改修による暴走事故(ロボットならではの危険)— 電源を入れたまま配線変更・ジャンパ差し替え・はんだ付けをする最中に、誤ってマイコンのコントロール入力に触れたり、工具で信号線をショートさせたり、センサに強い光が当たったりすると、マイコンがそれを入力と解釈してモータやサーボが突然動き出します。これは「部品が壊れる」のではなく 作業者が怪我する 事故で、回転中の車輪に指を挟まれる、サーボアームが顔を叩く、ロボット本体が机から落ちる、といった被害が実際に起きます。ハードウェアに手を入れるときは必ず電源 OFF。これはロボット工作の最重要ルールのひとつです
  • 高輝度 LED の直視による視力障害 — 瞬間のまぶしさで済むように見えて、白色・青色 LED は長時間直視すると残像や角膜損傷の報告があります
  • 工具による飛散物 — ニッパで切った抵抗の足が目に飛ぶ、フラックスが飛ぶ、はんだ付け中の水分がはじける、など。作業中は眼鏡か保護メガネ を着用する
  • 感電・ショート事故 — AC 100 V は本書の範囲外ですが、「電源タップを改造したい」と思った瞬間に一線を超えます。本書で扱う電圧は常に DC 低電圧(最大 24 V 程度)まで に留めてください。
    ただし 24 V 以下でも「ショート時に大電流を流せる電源」は危険 です。大型 AC アダプタやリポ 2S 以上のバッテリは、短絡させれば一瞬で数十 A が流れて 配線が赤熱・発火・飛散 します。つまり事故の重篤度は電圧だけでなく、その電源がショート時に流せる最大電流 で決まります。対策は §6.5 で扱います
  • はんだごての置き忘れ・火事 — 「ちょっとトイレに」「電話が鳴って」の数分で、可燃物にこて先が当たって焦げ・発火。離席時は必ず 電源を抜いて こて台に戻す。特に木製机や紙の上に直置きしない
  • 静電気(ESD)による IC 破壊 — 冬場の乾燥・カーペット・化繊の服を着て座った状態で IC に触れると、数千 V の静電気が放電して MOSFET や CMOS IC が 目に見えず壊れる。配線確認中に「何もしていないのに動かなくなった」という症状はこれが多い。作業前に金属に触れて除電する習慣を
  • ドライバが滑って手を切る — 狭い場所でねじを締めようとして刃先が滑り、反対側の手のひらを刺す/裂く。ホビー工作で意外と多い怪我。ねじを押さえる手は、ドライバの刃先が来る方向に置かない
  • 工具・部品の落下による打撲 — 作業中にラジオペンチや大きなねじ箱を机から落として足の上に。作業机の高さと足の位置 を意識し、つま先の開いたサンダルで作業しない
  • リポバッテリの逆接続 — コネクタを無理に逆挿し → 内部回路破壊 + 発火のトリガ。リポは逆接続すると保護回路が働かないまま過電流が流れるため極性の確認は重要。JST コネクタは向きが決まっているが、無理すれば挿さる個体もある
  • はんだ(フラックス)の飛沫が目に — はんだ付け中、濡れたスポンジで強く拭くとフラックスの液滴が顔に飛ぶことがある。作業中は保護メガネ必須(普通の眼鏡でも可、裸眼は避ける)
  • ペット・小児の誤飲 — 床に転がった M2・M3 の小ねじやチップ抵抗を、犬・猫・乳幼児が口に入れる。作業後は磁石で机の下をなでて回収 し、部品箱にふたをする
  • 工具やねじが磁化されて精密機器に近づく — マグネット付きドライバの磁性が、HDD や USB メモリに近づいて記録を破損することがある(稀だが起きる)。磁化された工具はなるべく時計・HDD から遠ざけて保管

6.4 最低限の安全対策(物理的な準備)

「仕事ではなく趣味だから」と油断しがちですが、趣味のほうが仕事より事故のハードルが低い のが実際のところです(慣れと時間のプレッシャーがない分、「まぁいいか」が通りやすい)。最低限、次の 5 点は作業を始める前に準備してください。

  1. 作業机を片付ける — 紙・布・プラスチックゴミは別の場所へ。はんだごての熱で溶ける物を近くに置かない
  2. 消火手段を手元に置く — 家庭用の ABC 粉末消火器 または電気火災対応のジェル式消火スプレー。リポ発火時に水はかけてはいけません(火勢を拡げます)。砂を入れた金属缶も有効です
  3. 作業時間を区切る — 2 時間連続作業したら必ず休憩。深夜の「あと 5 分だけ」はやらない。疲れていると危険な兆候に気づけなくなり、対策そのものの意味がなくなります
  4. 誰かに作業中を伝える — 同居人がいるなら「今からはんだ付けする、何時までに終わる」と声をかける。一人暮らしでもスマートフォンを手元に置き、緊急通報できる状態を保つ
  5. 作業ログを残す — ノートや Git のコミットメッセージでよいので、「いつ、何を、どう配線したか」を記録する。事故時の原因追跡と、同じミスを二度繰り返さない ための外部記憶になります

6.5 小さく試す — 段階的プロトタイピング

安全対策の中でも 最も効果が高く、最も見逃されがち なのがこの方針です。

新しい回路を組むときは、いきなり本番用の電源を繋いではいけません。本番電源(リポ 2S / 3S、AC アダプタの 12 V 3 A など)は ショートすれば瞬間的に数十 A が流れる容量 を持っていて、設計ミス 1 箇所で配線の赤熱・発火・部品の飛散が起きます。24 V 以下でも、容量の大きい電源は危険 です。

推奨する組み立て順

  1. まず乾電池 4 本(6 V)で組んで動作確認する
    • 単 3 アルカリ × 4 本は内部抵抗の合計が数 Ω あるため、ショートしても短時間なら配線を焼くには至らない(ただし長時間続けると発熱・液漏れするので過信は禁物)
    • マイコンのロジック部と少数の LED・センサだけなら、これで十分動く
  2. 信号線まで動作確認できたら、モータ部だけを本番電源に切り替える
    • この時点でロジック部は乾電池のまま。ロジックと動力の分離(第 4 章)を守る
  3. 全系統を本番電源で運転する前に、もう一度 §6.4 のチェックと第 2 章の動作確認チェックリストを通す
    • 本番電源に繋ぎ替えた瞬間が、最も事故が起きやすい

試作電源の「授業料」で選ぶ

試作段階で使う電源は、ショート時に流せる最大電流=授業料 で選びます。

電源 ショート時の目安電流 試作での使い方
乾電池 単 3 × 4 本(6 V) 1〜2 A 程度 配線を焼くには至らないことが多い。最初の試作の第一選択
9 V 電池(006P) 数百 mA マイコン単体の試作に向く
AC アダプタ 12 V 3 A 10〜30 A 試作段階では使わない。動作確認が完了してから切り替える
リポ 2S(7.4 V)・リポ 3S(11.1 V) 数十 A 以上 放電能力が非常に高い。ショート=発火 に直結する

「家のパソコンを勉強用の安い Linux ノートに換えるとコードの書き方が丁寧になる」のと同じで、壊しても惜しくない電源から始める のがベストプラクティスです。

本書を読む間ずっと守ってほしいこと

  • 通電中の配線変更をしない。必ず電源を切ってから差し替える。ロボットでは 通電中の接触で入力が変化 → モータが突然回って怪我 のパターンが典型
  • 煙・焦げ臭・異常な熱 のいずれかを感じたら 即座に電源を切る。手で部品に触れて熱を確認するのは、冷えてから
  • リポバッテリは絶対に短絡させない。発火します
  • 工作机の近くに 可燃物(紙・布)を置かない
  • 疲れているときは作業を中断する。「判断ミスは必ず起きる」が前提
  • 新しい回路はまず 6 V 乾電池から。本番電源に上げるのは動作確認後

次章への橋渡し

次の 第 2 章「壊さないための基礎」 では、本書の核である「なぜ壊れるのか」に入ります。オームの法則の復習から始めて、「GPIO に直接モータをつなぐと何が起きるか」をデータシート根拠で具体的に見ます。本章で揃えた工具のうち、テスタの使い方 も第 2 章で扱いますので、買ってから開封していない方はここまでに開封しておいてください。