第 27 章 駆動部¶
モータの回転を 実際の走行/可動動作 に変換する部分を扱う章です。車輪・ギアボックス・シャフト結合(D カット軸+イモねじ、キー結合、フレキシブルカップリング)が主役です。
「モータは回っているのに車輪が回らない」は、機械デバッグで最も頻発する症状(第 25 章 §4.1)。原因はほぼ確実に 駆動部の結合 にあります。本章でその根本を押さえます。
この章で壊しやすいもの
- モータ軸(接着のみで車輪を付けて空転、繰り返しで軸が曲がる)
- ギア(かみ合わせ不良で歯が欠ける、偏心で異音)
- ベアリング(斜め圧入で玉が砕ける)
- シャフトカップリング(芯ずれで破損)
この章のゴール¶
- D カット軸 + イモねじ の正しい当て方を実装できる
- 減速比とトルク/速度のトレードオフ を直感で掴む
- ベアリングを斜め圧入しない 取り付けができる
- フレキシブルカップリング の使いどころが分かる
初回の最短構成
- ギアボックス付き DC モータ(減速比 1:100 前後)を選ぶ
- 市販の D カット対応車輪を使い、イモねじで固定する
- まずは直結 1 段で走らせ、ベルトや複雑な結合は後で追加する
- 異音が出たら通電を止め、手回し確認に戻る
1. 動機:モータ単体では走れない¶
モータは高速で回るが、トルクは小さい — というのが基本特性です。DC モータの場合、数千〜数万 rpm で回転しますが、それをそのまま車輪に繋いでも「速すぎて制御できない」「トルク不足で坂道で止まる」状態になります。
したがって次のいずれかを介して、減速してトルクを稼ぎ、軸と車輪を確実に結合 する必要があります:
- ギアボックス(モータに内蔵、または外付け)
- シャフト結合(モータ軸と車輪の直結)
- ベルト・プーリ駆動(回転を離れた位置に伝える)
2. 素朴な(NG)設計:接着剤だけで車輪を軸に固定¶
NG 例¶
「ホビーショップで買った φ 40 mm のゴム車輪の中心に、瞬間接着剤でモータの D カット軸を差し込んで固定」
- モータ:FA-130(軸 φ 2 mm、D カットなし)
- 車輪:中心穴 φ 3 mm、接着剤で充填して固定
- 走行テスト:数秒間は走る、モータが軽く負荷を受けた瞬間に 車輪だけ空転
この NG は初心者の 8 割が通る道です。
3. なぜダメか:摩擦だけで大きなトルクは伝わらない¶
3.1 トルク伝達の物理¶
モータから車輪に伝わる力は、接着剤の固着力 + 摩擦力 の合計です。
- 接着面積が数 mm² 程度
- 接着剤の強度は 引き剥がしには強いが、剪断(軸周りのねじり)にはずっと弱い
- 動作中の振動と熱で、接着剤が少しずつ劣化
DC モータのストール時トルク(数十 mN·m)ですら、この接着力を 瞬間的に超える ことがあります。一度接着層が滑ると、表面が平滑化してますます滑りやすくなる悪循環です。
3.2 機械的な固定 = 「形状で引っかかる」¶
摩擦ではなく、物理的な形状で引っかける のが機械結合の基本。それが:
- D カット軸 + イモねじ(軸の平面にねじが当たる)
- キー溝 + キー(軸と部品の両方に溝を切り、キー材を挟む)
- スプライン(軸の周囲に多数の歯を刻む、重量物用)
ホビー範囲では D カット + イモねじ が 90% をカバーします。
4. 正しい設計:D カット軸 + イモねじ¶
4.1 当て方の肝¶
D カット軸は、円柱の一部が 平らに切り落とされている 軸です。このフラット面にイモねじ先端が垂直に当たるように、車輪のねじ穴を設計します。
- 正しい:イモねじの先端が フラット面(D 面)に垂直 に当たる → 機械的にロック
- 誤り:イモねじが 丸い面 に当たる → 摩擦のみ、トルクを受けると滑る
4.2 車輪側の設計¶
- 中心穴:軸径 + 0.1〜0.2 mm(φ 3 軸なら穴 φ 3.1)
- イモねじ穴:車輪の側面から中心へ向かう M3 または M2.5 の タップ穴(= 内側にねじ山が切られた穴。下穴を空けてからタップ工具でねじ山を刻む、または金属インサートを圧入して作る)
- イモねじの長さ:車輪の厚みより長く(先端が軸まで届く必要がある)
- イモねじの位置:車輪を軸に差し込んだとき、フラット面がねじ穴の位置にくる回転角 で取り付ける
4.3 市販の車輪を使うとき¶
Tamiya・Pololu 等の市販車輪は、既に D カット軸対応のねじ穴付き で売られていることが多いです。仕様を確認:
- 対応軸形状(D カット φ 3、丸軸 φ 3、スプライン 等)
- イモねじが付属しているか
- ゴム素材の硬度(路面グリップに影響)
4.4 補助としての接着剤¶
イモねじだけでも十分な結合力ですが、振動で緩む可能性 があります。対策として:
- ねじロック剤(ロックタイト 222) をイモねじに塗る
- 補助として接着剤 を使う(ただし主固定はイモねじ)
5. ギア比とトルク/速度のトレードオフ¶
モータと車輪の間にギアボックスを入れる場合、減速比 がロボットの走行特性を決めます。
5.1 基本法則¶
減速比 N:1 のギアボックスを通すと:
- 回転数 が 1/N になる
- トルク が N 倍 になる(理論上、実際は効率ロスで N × 0.7〜0.9)
5.2 本書の作例範囲での目安¶
| 用途 | 減速比の目安 | 例 |
|---|---|---|
| 高速走行(レース、ライントレース) | 1:30〜1:50 | Pololu 50:1 マイクロモータ |
| バランス型(多くのライントレース、ローバー) | 1:100〜1:150 | タミヤ 130:1 ギアボックス |
| 低速・高トルク(坂道、重量物) | 1:200〜1:300 | Pololu 298:1 マイクロモータ |
迷ったら 1:100 前後 から始めます。根拠:モータの定格回転数(3000 rpm 前後)を 1/100 に減速すると 30 rpm ≒ 0.5 回転/秒で、車輪径 φ 40 mm なら周速が 6.3 cm/秒(人が歩くスピードの 10 分の 1 程度)。ホビーロボットで「操作しながら見やすい速さ」 にちょうど合います。これを基準に、速度が欲しければ減速比を下げる(1:50 なら 2 倍速)、トルクが欲しければ上げる(1:150 なら 1.5 倍のトルク)、というイテレーションで詰めます。
5.3 ギアの噛み合わせ¶
ギア同士の噛み合わせが悪いと:
- 異音(キーキー、ガリガリ) が発生
- 効率が大きく低下(理論値の半分以下に)
- 歯飛び が起きる
ギアボックスは完成品を買うのが基本で、自作は避けるのが無難です(モジュール・歯数の設計は想定以上に難しい)。
6. ベアリングの取り付け¶
車軸を滑らかに回転させるには、ベアリング(主に 608ZZ など。第 19 章 §4 参照)を筐体に圧入します。
6.1 圧入の原則¶
- 外輪を押して筐体の穴に圧入(内輪を押すと玉が砕ける)
- 軸にベアリングを付けるときは内輪を押す
- 必ず平行に押す — 斜めに圧入すると玉が偏って高摩擦・短寿命
6.2 圧入工具¶
- 正式には油圧プレスや手動プレス を使う
- ホビー範囲なら 木槌 + 当て板(硬質樹脂 or 木材) で軽く叩く
- 3D プリントの筐体なら 手で押し込める程度の穴寸法 に設計する(熱で軟化させれば楽)
6.3 ガタの確認¶
圧入したら、軸を手で動かして 異常な遊び(ガタ)がないかを確認します。
- ベアリングが筐体に対して動く → 穴が緩すぎる(接着で補強、または作り直し)
- 軸がベアリング内でガタつく → 軸が細すぎる(すきま嵌めのクリアランスが過大)
7. フレキシブルカップリングの使いどころ¶
2 本の軸(モータ軸と車軸など)を直結する場合、両者の中心が 0.1 mm レベルで一致していない とベアリングに負担がかかります。
7.1 芯ずれに強い結合:フレキシブルカップリング¶
- ジョー式カップリング(爪形状で多少の芯ずれを吸収)
- スプリングカップリング(ばね構造で角度ずれも吸収)
- ラバーカップリング(ゴムで振動も吸収)
ホビー向けには Pololu や Misumi のアルミ製ジョーカップリング が定番です。軸径 φ 3〜6 mm で選べます。
7.2 使う場面¶
- 3D プリンタの Z 軸(ステッピングモータとリードスクリュを結合)
- 延長シャフト(モータ軸を長く延ばす)
- ホビー車輪には通常不要(モータ軸に直接車輪を付けるため)
8. 動作確認チェックリスト¶
8.1 組立直後¶
- 車輪を手で持って回す:モータ軸と車輪が一緒に回る(空転しない)
- モータ軸を手で持って回す:車輪が引っかかりなくスムーズに回る
- ベアリングの ガタ がない(軸が外周にブレない)
- イモねじが 平面に当たっている 角度で取り付けられた
8.2 モータ駆動中¶
- 異音(キーキー、カラカラ)がしない
- 振動が過度ではない(手で触って強く伝わらない)
- 車輪が空転しない(モータ軸と同じ方向・速度で回る)
- ベアリング部が発熱していない(ストール時以外)
8.3 長時間稼働後¶
- イモねじが緩んでいない(増し締めして OK)
- ベアリングがゴロゴロしない(寿命目安:連続運転で数百時間)
9. よくあるトラブル FAQ¶
モータは回っているのに車輪が回らない
最頻出。原因は大抵次のいずれか。 - イモねじが丸い面に当たっている → 車輪を差し直して、フラット面に当てる - イモねじが緩んでいる → 増し締め、ねじロック剤を塗布 - 接着剤だけで固定していて滑っている → イモねじに変更 - D カット面が浅すぎる → 別の車輪(対応軸が合うもの)に変更
車輪が回るときにキーキー異音がする
- ベアリングが斜め圧入されている → ベアリングを抜いて再圧入
- 車輪がモータハウジングに擦れている → クリアランス(第 24 章)の確認
- ギアの噛み合わせ不良 → ギアボックスのガタを確認
走行時に軸がブレる
- ベアリングのガタ → 筐体の穴寸法を確認、必要なら接着で固定
- 軸の曲がり(落下等で発生)→ 軸を交換
- 左右のベアリング高さがズレている → 筐体の平行度を再確認
ベアリング圧入時に玉が砕けた
斜め圧入 or 内輪を押してしまった。 - 新しいベアリングに交換、今度は 外輪側 を押す - 家庭では 万力 + 当て板 でまっすぐ押すのが安全
モータは速すぎる、またはトルクが足りない
ギア比の見直し時期。 - 速すぎる → 減速比を上げる(1:100 → 1:150) - 遅い・坂で止まる → 減速比を上げるか、モータ自体を大きいものに交換
車輪を取り付けた後で、イモねじが締められない/緩められない
D カット軸のイモねじ穴が 筐体の壁に隠れて六角レンチが入らない 典型的な組立失敗。 - 先にイモねじを緩めてから車輪を軸に差し込み、軸方向の位置決めをしてから締める 順序で回避できることが多い - どうしても届かないなら、車輪側ねじ穴の位置を車輪の 120° 側(3 方向)に複数設ける設計 にして、回転させれば 1 箇所はアクセスできるようにする - ボールポイント六角レンチ(先端が斜めでも噛む)を使うと、狭い場所でも操作できる - 無理に工具を突っ込むと レンチが折れて破片が飛ぶ リスクがあるので、「入らない」を感じた時点で止まる
10. 次章への橋渡し¶
駆動部の結合が正しくできても、モータ自体が筐体に確実に固定 されていなければ、結局は回らない・振動する・壊れることになります。
次の 第 28 章「モータマウント」 では、モータを筐体に取り付ける方法を扱います。片持ちマウントの NG パターン、振動対策、ねじ規格別のマウント設計 が中心テーマです。