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第 20 章 寸法・公差・嵌合の読み方

Part V「機械の基礎」の最終章。電気側の第 3 章(データシートの読み方)に対応する、機械図面の言語 を理解する章です。CAD で描いた図面や、通販サイトの寸法表を読めるようにするのが目的です。

機械系の部品選定で初心者が詰まるポイントは、「公称寸法は分かるが、公差と嵌合が分からず現物が合わない」 というケースです。この章では、数ミリ単位で設計判断ができるレベルの基礎を押さえます。

この章で失敗しやすいこと

  • 公称寸法だけで発注 → 現物が穴に入らない/ガバガバで使えない
  • D カット軸の寸法を誤解 → 車輪のイモねじが D カット面に当たらず空転
  • すきま嵌め/しまり嵌めの区別がつかない → 軸受が抜ける or 入らない
  • ねじ穴の下穴径を間違える → タップが切れない or 割れる
  • 3D プリントの縮み を考慮せず設計 → 軸が入らない

最初はこの 3 ルールだけで十分

  • M3 の通し穴は迷ったら φ 3.2 mm を基準にする
  • 3D プリントの穴は、設計値より +0.2〜0.3 mm 大きめに見積もる
  • 動く結合は、まず「すきま嵌め + イモねじ固定」から始める

1. 寸法記号の基本

図面には大量の記号が登場します。全部覚える必要はありませんが、頻出の 5 つ は最初に押さえます。

記号 意味 使用例
φ(ファイ) 直径 φ 8 = 直径 8 mm の穴
R 半径(角の丸め) R 2 = 角の曲率半径 2 mm
t 板の厚み(thickness) t 3 = 板厚 3 mm
C 面取り(chamfer) C 0.5 = 45° 方向に 0.5 mm の斜めカット
× 繰り返し or 寸法の掛け合わせ 4 × M3 = M3 穴 4 個

例として「φ 8 深さ 5 R 1 の穴 を 4 × M3 で囲む」と書かれていれば、直径 8 mm・深さ 5 mm・角 R 1 mm の主穴の周囲に、M3 のねじ穴を 4 つ配置する、の意味になります。


2. 公差 — 「ぴったり」は存在しない

機械部品は 寸法通りには作れません。加工精度や熱膨張で、必ず微妙にズレます。このズレの許容範囲を表すのが 公差(tolerance)です。

2.1 公差の表記

  • ±0.1 — プラスマイナス対称の許容差(例:10±0.1 は 9.9〜10.1 mm)
  • +0.1 / 0 — 上限 +0.1、下限 0(例:10 +0.1/0 は 10.0〜10.1 mm)
  • 0 / −0.1 — 上限 0、下限 −0.1(例:10 0/−0.1 は 9.9〜10.0 mm)
  • JIS 等級(IT) — 精度クラスの指定(例:10 IT7 で「IT 等級 7 相当の公差」)

本書の作例範囲では、±0.1 mm の精度で考えておけば大きくは外れません。具体例:M3 ねじ(直径 3.0 mm)を通すだけの穴は φ 3.2 mm で設計しておけば、実際の加工誤差(±0.1 mm)で「穴径 3.1〜3.3 mm」になっても、ねじは余裕を持って通ります。

2.2 公差が効いてくる場面

  • 軸を穴に通す — 軸径と穴径の差が公差より小さいと入らない
  • 部品同士の位置合わせ — 公差が大きいと組立時にガタつく
  • ねじ穴 — 公差が小さすぎるとタップを切るのが困難、大きすぎるとねじが緩む

2.3 3D プリントと公差

家庭用 FDM 3D プリンタは、公差が ±0.2 mm 程度。これは機械加工(金属 CNC の ±0.01〜0.05 mm)より 1 桁荒く、射出成形(±0.05〜0.1 mm)と比べても荒い分類。一方、レーザーカットは ±0.1 mm 程度で家庭用 3D プリントより精密です。家庭用 3D プリントは「ゆるい公差の部品」向き と覚えておけば OK。したがって:

  • 穴は + 0.2〜0.3 mm 大きめ に設計する(PLA は冷えると 0.2〜0.5% 縮む)
  • 軸は − 0.1〜0.2 mm 小さめ に設計する
  • ベアリングの圧入部は ±0 で設計 して、必要ならリーマで後加工

3. はめあい(嵌合)— 穴と軸の相性

「穴に軸を通す」とき、両者の寸法差によって 3 つの挙動が生まれます。これを はめあい と呼び、規格化されています。

はめあいの 3 分類

3.1 3 分類

分類 穴と軸の関係 挙動 用途
すきま嵌め 穴 > 軸 手で回る、スライドする 軸受、スライダー、ねじと通し穴
中間嵌め 穴 ≒ 軸 手では入らず、軽い力で入る 位置決めピン、キー結合
しまり嵌め 穴 < 軸 プレス or 叩き込みで圧入 ベアリングの筐体圧入、ローレット軸の固定

3.2 本書の作例での選び方

  • モータ軸に車輪を通す → すきま嵌め(隙間あり)+ イモねじで固定
  • モータ軸にプーリを圧入 → 中間〜しまり嵌め(イモねじでさらに固定)
  • 筐体にベアリングを入れる → しまり嵌め(ベアリングがガタつかないように)
  • マイコンボードを筐体に固定 → すきま嵌め(ねじの通し穴は M3 なら φ 3.2〜3.5 mm が目安)

ねじの通し穴は「ねじの呼び径 + 0.2〜0.5 mm」

M3 ねじを通すだけの穴(しめつけない側)は φ 3.2 mm 前後 が定番です。ぴったり φ 3.0 mm にするとねじが入らない/無理に押し込んでねじ山を傷めます。 ミスミなどの規格表では「ボルト用通し穴(並級)」の寸法が引けます。


4. D カット軸とイモねじの仕様

ホビーロボットで最頻出の軸形状。モータ軸・エンコーダ軸・シャフトに使われます。

D カット軸 とは、丸い軸の一部を平らに削ったフラット面を 1 箇所持つ軸 です。断面を見るとアルファベットの「D」の形になっているので D カットと呼ばれます。この平らな面にイモねじ先端を押し当てることで、軸と部品が機械的にロックされ、回転力(トルク)を確実に伝達できます(詳しい当て方は 第 27 章 §4.1)。

4.1 D カットの寸法

  • 軸径 — 円の直径(例:3 mm
  • 平面までの距離(面取り深さ)— 円の中心から平面までの長さ(例:2.5 mm

N20 ギヤードモータの定番軸は φ 3 mm、D カット面まで 2.5 mm です。車輪やプーリを発注するときは「φ 3 D カット対応」と明記します。

4.2 イモねじの当て方

D カット軸の 平らな面に、イモねじの先端が垂直に当たる ように車輪のねじ穴を設計します。イモねじが丸い面に当たるとトルクを受けきれず、車輪が空回りします。

詳細は 第 27 章 駆動部 で扱いますが、設計時点で:

  • 車輪の中心穴は φ 3.1〜3.2 mm(D カット軸 3 mm を通す、ややゆるめ)
  • 車輪側面から中心に向かう M3 のイモねじ穴(M3 イモねじが入る深さ)
  • 「イモねじが D 面に当たる角度」を CAD 上で確認

5. ねじ穴の下穴径

ねじを 締結する側(ナットを使わず、部品の穴にねじを切る)は、下穴径 が重要です。

ねじサイズ 下穴径(並目ピッチの場合)
M2 φ 1.6 mm
M2.5 φ 2.05 mm
M3 φ 2.5 mm
M4 φ 3.3 mm
M5 φ 4.2 mm

下穴径を間違えると:

  • 小さすぎる → タップが折れる、3D プリント部品が割れる
  • 大きすぎる → ねじ山が浅くてすぐなめる、トルクが掛けられない

5.1 3D プリント部品でのねじ穴戦略

3D プリントは 下穴精度が出にくい ため、おすすめの順序は:

  1. 熱圧入インサート(ヒートセットナット)を使う — 最も信頼性が高い。手順は:
    • プリント側の穴を インサート外径と同じ寸法(例:M3 用 φ 4.0 mm、深さ 5 mm) で設計
    • プリント後、はんだごて(350℃)を通常のこて先ではなく専用チップ or 先端を平らにしたチップに付け替え、インサートを乗せて下向きに ゆっくり 押し込む(所要時間 5〜10 秒、押圧は手の自重程度)
    • インサートが完全に面一(表面と同じ高さ)まで沈んだら離す。傾いて埋まると後で外れるため、垂直を保つ
    • 注意:PLA は 60℃ から軟化するので、作業中にプリント部品が変形しないよう 短時間で済ませる。火傷に注意
  2. タッピングねじを使う — 自攻ねじなので下穴は M3 ねじ用に φ 2.5〜2.7 mm
  3. 貫通穴 + 反対側ナット — 下穴精度を気にせず済む

6. 図面の記号:穴加工の基本パターン

CAD で描く図面によく出てくる穴の表記例。

  • φ 3 — 通し穴、直径 3 mm、深さは貫通
  • φ 3 深さ 5 — φ 3 mm、深さ 5 mm の止まり穴
  • M3 深さ 8 — M3 ねじ穴、深さ 8 mm(下穴 φ 2.5 + タップ加工)
  • φ 3 ザグリ φ 6 深さ 2 — 通し穴 φ 3 の入り口に φ 6・深さ 2 mm のザグリ(キャップスクリュの頭を沈める座)
  • 皿ザグリ φ 6 — 皿ねじの頭を沈める斜めのザグリ

7. AI エージェントとの協働

機械設計の定量的な寸法選定は、AI との相性が比較的良い領域です。

  • 「PLA の 3D プリント部品で M3 のタッピングを切りたい。下穴径と深さの推奨は?」 → AI は JIS 規格+プリント経験値から答えを出せる
  • 「608 ベアリングを PLA 筐体に圧入する場合、穴径は?」 → AI は収縮率を加味した推奨を出せる

ただし電気側と同じく、AI の出力は規格表で検証 します。本章の用語(公差、嵌合、下穴径、ザグリ)が頭に入っていれば、AI が間違ったときに気付けます。


8. Part V のまとめと次章への橋渡し

これで Part V「機械の基礎」の 3 章が揃いました。

  • 第 18 章 — 材料と荷重モードの直感
  • 第 19 章 — 工具と部品規格の読み方
  • 第 20 章 — 図面・寸法・嵌合(本章)

次からは Part VI「機械のワークフロー」 に入ります。電気側の第 5〜9 章と対応するフェーズ別章群で、設計 → 製作 → 組立前 → 組立中 → デバッグの 5 段階を扱います。

次の 第 21 章「機械の設計フェーズ」 では、「作りたいロボットのイメージ」から、材料選定・寸法決定・CAD 出力を経て 実際に製作に渡す図面一式を作る までの流れを扱います。電気側の第 5 章と同じく、AI エージェントに相談する前の準備 に重点を置いた内容になります。